ポーカーアドベントカレンダー2025 16日目|トルル|ポーカーは人生の役に立つか

ポーカーアドベントカレンダー2025、16日目を担当しますトルルです。こんな愛くるしいイベントを企画し、声をかけて頂いたしぐまさんと高木さんに感謝します。

簡単に自己紹介をしたいと思います。私は普段何をしているかというと主にTwitterをしています。空いた時間でポーカーをしたり、サラリーマンをしたりしています。2022年に海外のポーカー記事を翻訳するnoteを始めまして、それがきっかけで一躍時の人となりました。今はもう翻訳noteはやっていないのですが、未だに “翻訳noteの人” のような顔をしながらタイムラインをのさばっています。

今回の記事は、以前自分のnoteに投稿しようと書き始めたものの、「誰が何を言うてんねん」という自分ツッコミによってお蔵入りした文章をもう一度引っ張り出してきて仕上げたものです。

ポーカーは人生の役に立つか

私がこれまでの人生でどっぷり情熱を燃やしたものはふたつしかなく、それはダンスとポーカーだ。

学生時代はストリートダンスにすべての時間を捧げていて、 “ガチ勢” と呼ばれる側の人間だった。しかし、就職と同時にダンスの練習に割ける時間が大幅に減ってしまい、上達するどころか下手になっていく一方で、すっかり情熱を失い、辞めた。

数年後の2020年の末頃にポーカーに出会った。どんどんのめり込んでいき、また熱中できるものが見つかったという喜びもあった。5年ほど経った今も一向に強くなる気配がないのは恥ずかしい限りだが、少なくとも取り組む姿勢はシリアスプレイヤー、ガチ勢の部類だと思っている。

しかし、昨今の日本におけるポーカーブームとは裏腹に、ポーカーに対する風向きはとても厳しい。これまでプレイしていたフォーマットがプレイできなくなり、ポーカーを辞めてしまった人もいるかもしれない。私は近所のアミューズメントポーカールームに通っているが(某コインも導入されておらずかなり健全な部類だが)、この未成熟な業界において、いつ何をきっかけにこの趣味が続けられなくなるかわからない。

そんな中で、ふと、これまでポーカーに費やした時間は自分の人生にとって無駄な時間だったのではないかと考えることがある。

言うまでもなく、ダンスのスキルがサラリーマン人生で役にも立ったことは一度もない。それでもやっぱりダンスに没頭したからこそ得られた経験、見えた景色があったと思っている。

ポーカーはどうだろうか。所詮、ひとときの娯楽に過ぎないのだろうか。暗記したレンジ表やGTOWizardに大金を課金して学んだGTO戦略がポーカー以外の役に立つとは到底思えない。ポーカーで勉強したことの99%はポーカーの役にしか立たないだろう。

しかし、私自身がポーカーから学んだことの中で、人生の役に立っていると思うことがひとつある。それは、分散というものへの理解が深まったことだ。

ポーカーにおける分散の影響はあまりに大きい。真の実力が下の者が上の者より長期において好成績を出し続けることが当たり前に起こるゲームである。どこかの誰かが「ポーカーの分散は一生かけても収束しない」と言っていた。この言葉が正しいかはさておき(それはゲームのフォーマットによるだろう)、私たちは、それだけ運の要素が大きく、分散の激しいゲームをしているのだ。

そして邪悪なことに、ただポーカーをプレイしているだけでは、そこに潜む分散の存在を正しく知覚することはできない(どれだけ多くの人が自分の実力を勘違いしていることか)。人間の脳というのはこの手の客観的分析を得意としていない。自身のハンドと成績を長期にわたって記録し、その膨大な実績データに対して “正直に” 向き合って、初めて分散の存在を正しく知覚し、自身の真の実力を知ることができる(可能性が少しだけ高まる)。

余談だが、世の中には本当に理論やデータというものを信じられない人がいる。単に頭が悪いとか座学をしてないとかではない。「ぼくが考えた最強の戦略」を語る人は後を絶たないし、 “流れ” を信じる人も現存する。育ちのよい皆さんは普段こういう人たちと接する機会は少ないだろうが、Yahoo! ニュースのコメント欄などを見ればこういう人たちはむしろマジョリティーなのかもしれないということを思い出す。何を信じるかというのはある種の宗教的なものなので、あちら側の人と議論をするつもりはないが、私たちは常に科学的思考を判断の起点にすることを忘れないようにしたい。

遠回りをしたが、本題である人生と分散の話をしたい。

人生の中で起こるイベントの多くも運に左右される。親ガチャ、受験、就活、配属先、上司ガチャ、パートナーとの出会いなど。特に特大ポットを争うような大きなライフイベントというのは、人生の中で何度も繰り返されるものではない。

人生というのは、ポーカーよりはるかに分散の大きいゲームだと言える。

一度のバッドビートを取り戻すのに何年もかかるかもしれないし、取り戻すことはできないかもしれない。取り戻したとしても、それまでツキ続けてる誰かには永遠に追いつけないかもしれない。

ポーカーの成績グラフは、一般的に実収支を意味する緑線とオールインEVを意味する黄色線で表される(これはポーカーが持つ分散の一部しか可視化しないが、ひとつの指標として)。自分の人生の緑線と黄色線は、どれだけ乖離しているかを意識してみると面白いかもしれない。そして、キラキラして見える他人の人生も、実はただ運よく緑線が大きく上振れているだけかもしれない。「結果がすべてだ。結果を出せ」という言葉は、多くの世界において正義とされている。しかし、結果だけ見てもその人の真価は、大抵の場合、わからない。

人生は、分散が収束するにはあまりに短い。

その事実は受け入れるしかなく、これは一種の諦めとも言えるが、理解しているだけかなりマシだ。分散がいかに大きいかということが腹に落ちていれば、自分の人生に対してもう少し謙虚に、あるいは卑下しすぎることなく、生きていけるのではないだろうか。少なくとも、結果を冷静に受け止め、ティルトを抑え込む役に立ってくれるだろう。(余談だが、ポーカーが、乱された精神状態に “ティルト” という名前をつけることで、それに向き合うことの大切さにクローズアップした功績は大きいと思う。)

ポーカーも人生も、非情で理不尽なゲームだという前提を理解した上で、できる限り良い選択をし続けることを諦めず、少しでも多くの期待値を積み上げていく。それが、ポーカープレイヤーとしての人生の歩み方だと思う。

そして、もうひとつ。ポーカーは運の要素があるからこそ面白い。人生もそうなのかもしれない。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。チャンネル登録、高評価よろしくお願いします。

ぜひ、他の寄稿者の記事も読んでみてください。知的で魅力あふれる文章が揃っています(この文章を書いている時点ではまだ何も投稿されていないのだけど)。ポーカーアドベントカレンダー2025 全体の記事一覧はこちらからご覧いただけます。

では、明日の当番であるCardologyの高木さんにバトンをお渡ししたいと思います。ぜひお楽しみに。メリーメリークリスマス!

著者|トルル

大人気ポーカー系note作家として知られており、翻訳記事と謙虚な姿勢に定評があります。最近YouTubeやアプリ開発も始め、今後の活動から目が離せません。

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